ハコスカGT-Rとエンジンの物語――日産S20エンジンがのこしたもの。短命に終わった、スカイライン2000GT-R(KPGC10)に搭載された名機S20エンジンの物語

TEXT:大月 蛍

ヴィンテージカーと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは名車といえば、エンツォ・フェラーリが「もっとも美しいクルマ」と称えたジャガー・E-Type(1966)。他にもランボルギーニ・ミウラ(1966)、フェラーリ365GTB/4デイトナ(1971)、ポルシェ911カレラRS(1973)と、名を挙げればきりがない。

では、日本のヴィンテージカーならなんだろう。多くの意見があるにせよ、トヨタ2000GT(1967)に異論を唱える人はいないはずだ。精緻にデザインされたパーツや、ヤマハ発動機の木工技術が光る贅沢な室内インテリアは、海外の名車にも決して引けを取らない。ただし、エンジン性能に関しては一歩譲る。2000GTのエンジン性能は、当時3分の1の価格で販売されたフェアレディZとほぼ同等だったからだ。

エンジンが名車の条件のひとつ

クルマに何を求めるかは人それぞれだが、古い世代の人々には「クルマの真価はエンジンにある」という考え方も根強い。このような価値観の中では、名機と呼ばれるエンジンもまた名車と同等に讃えられている。その代表格として挙げられるのが、通称「ハコスカGT-R」と「ケンメリGT-R」「フェアレディZ432」に搭載された、排気量1,989cc、直列6気筒DOHC24バルブのS20エンジンだ。

S20エンジンは、プリンス自動車が開発したレーシングカー「R380」のGR8エンジンを基に、量産車向けに改良されたもの。ピュアなレーシングエンジンをデチューンし、日常でも扱いやすく仕上げられたが、開発者たちの情熱は「量産車であってもレーシングカー並みの性能を目指す」というものだった。その結果、S20エンジンは市販車としては突出した高性能を誇るエンジンとして誕生した。

このエンジンは熟練工による手作業で組み立てられ、1日わずか4基しか生産できなかった。当時、ハコスカGT-Rの車両価格は約150万円であったのに対し、エンジン単体の価格は70万円にも達し、「車両価格の半分はエンジン代だ」と揶揄されるほど。それでも、このエンジンがもたらす性能は圧倒的で、多くのファンを魅了した。

短命に終わったS20 の生涯

しかし、ハイスペックなエンジンには代償が伴う。S20エンジンにとって、それは環境性能だった。スカイラインGT-RやフェアレディZ432でサーキットでの輝かしい戦績を残したものの、1970年代に起きたオイルショックを契機に、環境問題への意識が高まり、排ガス規制が厳格化。これに対応するには高コストな再設計が必要であり、現実的ではなかった。また、日産が大量生産可能なL型エンジン(L20/L28など)を主力とする中で、S20のような特化型エンジンの存在意義は薄れざるを得なかった。

短命に終わったS20エンジンだが、その存在は日産の技術力を示し、GT-R神話を築く礎となった。オイルショックという時代の荒波に飲み込まれたものの、そのエンジン音は今なおエンスージアストたちの心に響き続けている。時代を超えた情熱が、このエンジンを名機たらしめているのだ。

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